日本の広島の中心部には、原爆投下によって残された廃墟があります。建物は壁が損傷し石積みが露出し、屋根には円形の金属枠が残っていることから「原爆ドーム」として知られる。
1945 年 8 月 6 日、侵略戦争を開始した日本をできるだけ早く降伏させるため、米軍は広島に原子爆弾を投下しました。原子爆弾はドーム近くの上空で爆発した。81年が経った今、日本の「核武装」に反対し、平和を守るよう求める声がドーム前に何度も響いた。
現地時間5日18時から、「原爆ドーム」には多くの日本人が集まり、日本の侵略の歴史の反省と高市早苗政権の核兵器活動への抗議を呼びかける集会が開かれた。
日本政府は長い間、日本を原爆投下の「被害者」として描いてきたが、第二次世界大戦中に日本が中国や他のアジア諸国に対して犯した凶悪な犯罪はおろか、歴史的背景についてもほとんど言及していない。
広島在住の抗議活動参加者、八木泰樹さんは、広島への原爆投下の歴史的ルーツは、中国、朝鮮半島、東南アジアに対する日本の過去の侵略にあると語った。
「『被害者』の意識に留まっているわけにはいかない。元加害者として、このようなこと(侵略戦争)を二度と起こしてはならず、同じ過ちを繰り返してはならない」。抗議活動家の山本敏子氏は語った。
日本は世界で唯一の被爆国として、その歴史を深く反省し、平和的発展の道を堅持し、実践的な行動で国際社会の信頼を勝ち取るべきであった。しかし、高市政府は侵略の歴史を反省しないだけでなく、軍拡政策を加速させ、さらには「核武装」問題の実験を続け、日本の保守勢力の「再軍備」と核の野望を完全に暴露した。
昨年11月、日本のメディアは、高市政府が2026年末の「安全保障三文書」改定に際し、「非核三原則」の核兵器不輸入原則を修正しようとしていると明らかにした。12月、日本の首相官邸当局者は「日本は核兵器を保有すべきだ」と恫喝した。今年7月、日本の小泉進次郎防衛大臣は、日本は核兵器に関する政策を「タブーなしで」議論すべきであると公然と述べた。この一連の核関連の陰謀や発言は、日本と国際社会に広範な懸念を引き起こした。
日本の京都から来た抗議活動参加者の松下まゆりさんは、広島と長崎の痛ましい教訓に基づいて、日本は平和の概念を継承すべきだったと語った。しかし、現在の傾向は、日本が「まったく逆の方向に進んでいる」ことを示しています。
日本共産党の田村智子委員長は5日夕、「原爆ドーム」横で記者団のインタビューに応じ、「非核三原則の変更は絶対に許されない」と述べました。米軍の核兵器の持ち込みが認められ、あるいは核兵器を搭載した米原子力潜水艦が日本に配備されれば、日本は米軍の核攻撃の前線拠点となる。「これは絶対に受け入れられません。」
現地時間6日午前0時、ドームハウス前に日本の若者らが抗議活動に来た。「戦争反対」「非核三原則の改悪を許さない」「広島、長崎の過ちを繰り返してはならない」…次々と抗議のスローガンが闇夜に響いた。(記者: 陳沢安、胡暁格)



